この物語は、スクールの会員の方から「鬼無里村伝説」についてご質問をいただいたことをきっかけに、その中でも有名な」「鬼女紅葉伝説」を皆様にも楽しく話を紹介しようと小説風に仕立て直したものです。
遡ること千年以上も昔、清和天皇の御代――。
かつては都の名門・伴家の血を引くが、政変に巻き込まれ謀反の疑いで追放された男だった。
妻の菊世とともに、ひっそりと息をひそめるような日々。
子供に恵まれぬことが、二人の心を暗く蝕んでいた。
そんなある夜、満月の光が怪しく赤く染まった時、森の奥から謎めいた老人が現れた。
「子が欲しいか？」老人は低く囁いた。
笹丸は緊張に喉を詰まらせつつ頷くと、老人は不敵に笑みを浮かべ言った。
「第六天魔王に祈れば、願いは叶えられるぞ……」
不気味な助言に二人は震えながらも、この言葉に縋った。
そして数ヶ月後、奇跡のように菊世は懐妊し、麗しい女児が生まれた。
その名は呉葉――。
呉葉は並外れた美貌と才智に恵まれ、瞬く間に村人を魅了していった。
村の豪農の息子・源吉は恋に狂い、その家が無理に縁談を迫ってきた。
追い詰められた笹丸だったが、呉葉は静かに笑みを浮かべ、不気味な呪文を唱えた。
すると、まるで鏡のように瓜二つの女が姿を現した。
身代わりを嫁がせ、一家は密かに村を出て都を目指す。
身代わりとは知らず、源吉は幸せに暮らしたが、ある日突然、その妻が蜘蛛の糸を掴んだまま天に引き込まれ、跡形もなく消えてしまったという。
都に到着した笹丸一家は名を変え、伍輔、花田、紅葉として暮らし始める。
紅葉の奏でる琴の調べは都を魅了し、源経基公の屋敷へ召し抱えられた。
紅葉はその妖艶さで経基公を虜にし、寵愛を一身に集めた。
しかし、その時を境に経基公の正妻が病に倒れ、「夜ごと鬼が襲ってくる」と訴えるようになる。
恐れを抱いた経基は比叡山の高僧に護符を求めたが、僧は一つの不吉な忠告を口にする。
「護符を嫌がる者があれば、それこそが災いを招く鬼の化身ぞ」
疑心暗鬼に護符を紅葉に渡すと、紅葉は異常なほどの剣幕で拒絶した。
その瞬間、経基の心に冷たい疑惑が生じる。
「まさか、お前が鬼だったのか……」
紅葉の呪詛が暴かれ、彼女は死罪に処されるはずだった。
だが彼女のお腹には経基の子が宿っている。外聞を恐れた経基は、一家を山奥に追放することで済ませた。
追放される紅葉は腹に経基の子を宿しつつ、怨念を抱いて奥信濃へ流された。
戸隠の深い山に追いやられた一家は、ふもとの村人たちに同情を得るべく、都から追放された高貴な姫君を装った。
紅葉は神秘的な力で病を癒し、都の話で村人の心を掴む。
しかし心の奥底では、都への復讐を燃やしていた。
やがて紅葉は息子・経若丸を産むが、復讐と都への執着に取りつかれ、妖術を駆使して村々から財宝を略奪するようになる。
しかし、その存在が目をつけられるのも時間の問題だった。
紅葉の噂を聞きつけた盗賊・鬼武が襲来する。
「俺たちの縄張りで好き勝手させるか！」
鬼武が凄むが、紅葉はそれを一笑に付す。
彼女が呪文を唱えると、部屋の障子が激しく舞い、火炎と氷の玉が宙を舞った。
鬼武の刀は重く固まり、その身体は凍てつき動けなくなった。
「跪きなさい」
紅葉の妖艶な声に屈した鬼武は、配下に加わるほかなかった。
以降、紅葉は強大な盗賊団を率い、京を震え上がらせる。
戸隠の岩屋を拠点に、紅葉の力は妖しく増大し、「鬼女紅葉」の名が都を震え上がらせた。
朝廷は紅葉討伐を平維茂に命じる。
維茂の軍勢は意気揚々と攻め込むが、紅葉の呪術により激しい嵐と雷撃に襲われ、惨敗を喫する。
追い詰められた維茂は、北向観音に必死の祈願を行った。
その満願の夜、夢に現れた老僧から授けられたのは、邪を断つ降魔の短剣――。
再戦の日、戸隠の山中は再び激しい戦場となった。
紅葉は壮麗な鬼神と化し、火炎と妖術を駆使し空中を飛び回った。
「都も、朝廷も、すべて滅ぼしてやる！」
紅葉の怒号が響き渡る中、維茂は神仏の力を込めた白羽の矢を射放つ。
その一撃が紅葉の胸を貫き、燃えさかる彼女の体は地に落ちた。
母の花田は娘の敗北を悟り自害し、息子の経若丸も戦いで討たれた。
壮絶な戦闘の末、紅葉一党は壊滅。
ただひとり、鬼女お万だけが闇の中へ姿を消した。
紅葉が倒れたその瞬間、戸隠の山々はまるで彼女の怒りと悲しみを映し出すように血の色に染まった。
その鮮烈な紅色は、後世に語り継がれる伝説として、今なお人々の記憶に深く刻まれている――。
著書『アースチェンジ——近未来の警告書』では、これから訪れる地球の変革について書いています
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