人生には山と谷があって、私たちを翻弄するように見えます
ずっと頂点にいたいと願っていても、それは何時までも続かず、いつかは移り変わっていきます
どれだけ栄華を極めた人間でも、いつかは陰りを見せ、やがて谷へと降りていきます
どれだけ綺麗だと言われた人でも、いつかは美貌の衰えを感じ行くでしょう
どれだけ健康自慢をする人間でも、いつかは病気をし、あるいは死にゆきます
どれだけ成績優秀な選手でも、いつかは体力の衰えを感じ、引退する時期を迎えます
このように、人生にはピークという山があれば、いずれはそこから落ちていくものです
山の頂に登っていくには、坂道を上るため、忍耐と不断の努力が必要です
そうしてようやく頂に立ちます
しかし、ずっと山頂に居続けることは出来ません
登ってくれば、いつかは下らないといけないのです
永遠に栄光の中にいることは出来ずに、やがては衰え、下り坂を歩みます
ですが人生は、登りの時には見えない景色も、下りの時にはよく見える物です
多くの若者が、自分が今下っている道を上ろうとしている姿があります
一度上った経験があるからこそ、後から登ってくる若者たちにアドバイスが出来ます
人は経験したことのないものは、なかなか適切なアドバイスはできませんが、一度経験した事であれば、「こうすれば登りやすい」とか、「あそこは危険だから迂回した方がいい」などと適切な言葉を投げかけることが出来ます
山頂は狭い場所なので、いつまでも一人で独占していては、次の若者が昇ることが出来ません
そのため私たちには衰えがあり、次の世代にバトンを渡す時期があるのです
そうして新しく山道を登ってくる子たちに、自分の体験を踏まえて、支援してあげる事が出来ます
登り道では味わえなかった経験を私たちは得ます
登る時には必死になって山頂を目指していたため、周りの景色もほとんど見れずにいます
ですが下り坂では、登りほどの力は必要としませんので、ゆとりをもって物事を見ることが出来ます
そして登っている人々の悲しみや苦労に目をやります
自分が苦労して登ったからこそ、後に来る人々の苦しみや悲しみがわかるのです
人生において下り坂があるのも、その時にはより深く人生を味わうためであり、周りの人々へのより深い理解力を得て、適切な支援が出来るようになるからです
ずっと山頂に居続ける間や、自分も坂道を登っている間には、なかなかそうした見識は得られないものです
人生には登りがあって下りもあるからこそ、より深い味わいを体験できます
1 件のコメント:
もしかすると登りの頂点よりも、下りを体験して人々の気持ちを救ったり、役に立った方があの世では認められることかもしれないなと思いました。現世では頂きの方が賞賛を浴びて認められているように感じるかもしれませんが。
よく考えると頂きに登るまでの苦労などは人の心に力を与えることもあるかもしれません。
でもやはり下りの方が真に寄り添って救えるのではないかと考えました。
どちらも自分の生を全うしなければ成し得ないことだと思います。