2020年10月18日日曜日

善悪二元論を否定する隠された理由



光と闇の戦いなどというと、善悪二元論だとして否定する者もいます

善悪二元論は古い考えだから捨てなければならないとしたり、スピリチュアル界隈でもよく言われます

しかしそうした否定する考えを広めているものは一体何者なのかを考えてみないといけません

善悪二元論を否定する考えは政治分野でも広まっており、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の『白熱教室』などでも両論併記が過ぎて、結論が出せない、絶対的な善も悪も無いという考えが広まっています

確かに仏教などでも善悪不二といって両者を明確に区別できないものだと捉える向きもあります

ですがお釈迦様の根本的な教えは四諦八正道といいますけど、これは八つの正しい道を歩むことで真理にそった生き方をするというものです

八つの正しい道を物差しにすると言うのはつまり、正しい生き方と誤った生き方を区別するという事です

区別できなければそもそもどれが正しいかなど分かりません

動物も善悪の区別なく生きていますが、人間は善悪を判断することで道徳的に生き、物事を区別することで知恵を獲得します

善悪の区別も無いというのは動物に成り下がるのと一緒と言えるでしょう

仏教で善悪不二と言っているのは、より高次の視点から人生を俯瞰すると、悪と見えていたものも実は自分を学ばせ、生かすために働いていたものであったり、苦労や悲しみとみえるものも、実は魂を磨くためのものであったりするからです

このように俯瞰して見れば悪と見える物も実は善の部分が含まれている事もありますし、それを善悪不二という言葉で表しているのです

ですが今現在地上に生きている私たちは絶えず判断をして生きており、分別をして生きなければなりません

その時に、どちらが善であり悪であるかを判断して選んでいかなくてはならないのです

では善悪の判断を否定するような考えが広まったらどうなるのでしょうか?

そこには被害者が泣き寝入りし、加害者が得をする社会が展開されるのです

日本はもともと善悪の区別をつける働きが弱い国です

どちらが善でどちらが悪かを明確にするよりも、和を大事にする所があります

それはそれで美徳でもあるでしょうが、善悪を明確に区別しない事で、問題も起こります

たとえばイジメ問題でもそれが言えるでしょう

いじめ問題では、いじめた側といじめられた側の違いがあるはずです

しかし日本ではその善悪を分けて考えるのをせずに、ただ学校での和を大事にし、大ごとにしない事を優先します

するとどうなるかというと、被害を受けたいじめられた側は泣き寝入りをし、いじめた側はお咎めを受けずに済むことになるのです

こうした日本型のいじめ問題が横行するのも、日本人には善悪の区別が強くないからです

いじめた側にも言い分があり、いじめられた側にも問題があるなどと言っていては、いじめ問題は永遠に解決しないでしょう

ハッキリと善悪をつけて、いじめはダメだと指導しなくてはなりません

日本でいじめが蔓延するのも、この善悪の区別するのを否定する傾向が強いからです

善悪を区別しない事はつまり、善を行うものが損をして、悪を行うものが得をする社会になっていきます

そうすると誰が得をするか分かるでしょう

善悪の区別をなくさせることは、悪の存在が喜ぶことなのです

そのためネガティブな存在が一生懸命にこうした間違った思想を流布しようとしています

言論人やチャネラーや霊能者などを通じて、ネガティブな存在が善悪をつけさせないようにしています

そうすることで自分たちの悪を誤魔化して、糾弾されないようにするわけです

まず人間として重要なのは、善と悪を区別する知恵であり、それに基づいて善を取り悪を離れる事です

仏教でも七仏通誡偈といって、お釈迦様を含めた過去に現れたすべての仏様に共通する教えを述べているものがあります

そこには諸悪莫作(しょあくまくさ)と衆善奉行(しゅうぜんぶぎょう) という偈があります

つまり悪を去り、善を取れという教えです

善悪は人間にとって基本的な教えであり、それが十分に出来てこそ、次の段階で善悪不二も出てくるのです

単純に動物のように善と悪が判断できない状態をいうのではありません

天使と悪魔を一緒にしたり、善人も悪人も一緒だとする思想は世の中を狂わせるものです

ネガティブな存在の流布する間違った考えに引っかからないように注意してください

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5 件のコメント:

  1. 良いお話をありがとうございました。

    共産主義国家の平等と重なる危険な部分がありますね。

    善悪二元論にも幸福と不幸についての考え方など、エリートやセレブが必ずしも幸せでない、庶民や少し貧しい環境にあっても幸福な人もいるなどの幸福の感じかたは善悪二元論では云々などはあります。

    人の心の善悪はやはりあると思います。
    だから人として産まれ神様に少しでも近づくように心と行いを善いものにすることを目的に生きている人もいます。

    それを善悪二元論否定論者は善人を否定しておそらく否定論者自身が本人の中に抱えている心や行いの闇を正当化している部分もあると思います。

    私は老荘思想やニューエイジの思想にもはまった時期があり、実行はしていませんがヒッピーの生活などにも興味を少し持ちましたが、その時は結局幼少期の家庭不和から社会や家族に不信感があり自由になりたいという気持ちと傷つき弱くなった自分を慰めたたかっただけだと今は感じています。

    本当に心が温かく落ち着いて社会や人に思いやりの気持ちを持ってしっかりと行動や生活が整っている時は、善き友人や仕事にも恵まれ、闇にも付け入られず毅然として淡々と世の中の役に立てて生きていけます。(私はまだ弱いですが知人に1人そういう人がいます)






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  2. いつもスピリチュアル観点から為になるお話ありがとうございます
    この地球は感情とか地獄とか悪とか存在する、それを学べる珍しい惑星なんだそうです
    なるほどな~、どうりで嫌な意地悪な人たちいるのか~としみじみ
    悪質で底意地の悪い人たちから次々と意地の悪いことを仕掛けられて驚いたことがあります
    まるで何かに操られてる?と思ってしまうほど
    どうしてここまで悪のアイデア(笑)が思いつくのかと感心するぐらい延々と次々とやられました
    善悪二元論を否定する考えがあるなら
    私が過去に受けてきた数々のくやしい悪質な行為が肯定されることになって宇宙の天界の光のシステムを信じることができなくなってしまいます
    まるで善悪二元論を否定する考えは、悪いことやり放題、悪いことしてもいいみたいな流れにされそう
    「人間を善悪判断させないように誘導コントロールして闇側に落としていく」みたいで納得いかないです
    私が数々やられてきた悪質で意地悪な行為、粘着される行為などが、善悪無しにされたら、たまりません(笑)
    殺人事件が善悪無しで受け入れられたら恐ろしい世界になります
    洪さんの記事のおかげで、人は善悪を判断することで道徳的に生き、物事を区別する判断と知恵をもっている、それを妨害する闇側グループがいるんだと知りました
    洪さんの説明のほうが納得です
    闇側グループは、いつもわかりにくく良い事のように思わせて惑わせて悪にひきずり落してきます
    闇側グループの手口は偽りのスピリチュアルを語って人間の判断を狂わせて闇側へ落そうとしていることがわかります
    そして洪さんが正しい判断を持つよう常に私たちに光の道を示してくださってること、よくよくわかりました
    いつも貴重な警鐘ありがとうございます

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  3. あとコメントの2回連書きすみません
    他のかたのコメントも、ものすごく今の私の為になります
    『本当に心が温かく落ち着いて社会や人に思いやりの気持ちを持ってしっかりと行動や生活が整っている時は、善き友人や仕事にも恵まれ、闇にも付け入られず毅然として淡々と世の中の役に立てて生きていけます』
    コメントの皆さんの意見も私にとっては貴重な学びで感謝です

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  4. スクール生です、いつもお世話になっております
    善悪がハッキリしていなくてはいけない理由をこの記事読んでから悶々考えていたのですが…
    地上で私たちがすべきことは「自分の意思で生きていくこと」ですよね
    突き詰めると「意思」と「命」が我々が一生を通して手放さずにいられる本物の宝だと思うのですが
    悪、というのは他人のそれを勝手に奪おうとか、支配しようとすることなのでは

    他人を害してはいけないのは「あなたが彼/彼女の命の期限を勝手に決めるな」ということであり
    他人を支配してはいけないのは「あなたが彼/彼女の意思を勝手に捏造するな」ということなのかな、と考えました

    反面、本物の手助けというのは「あなたの意思を尊重します」「あなたの命を応援します」ということなのかもしれません

    ただしあまりにたくさんの魂が学びに来ているから、意思と意思がぶつかり合うことがあり
    命と命が奪い合うことがある
    例え悪意がなくてもそういうことが起こり得るのがこの世ですよね
    だから私たちには反省や感謝という感情が与えられている
    他人の意思や命を邪魔してしまった時、それを振り返って今後の生き方をまた考え直せるように
    「ごめんなさい」「ありがとう」「いただきます」など、挨拶にはその基本が含まれているから毎日口に出して繰り返すのだと考えています

    また、学び続けていくのに肝要なその感謝と反省を持ち得ないことは大変な悪だと思います
    悪いことをして反省をしないのはいけませんね
    お天道さまにはばれてしまいますものね

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  5. 善悪二元論を徹底してやってしまうといい意味でも悪い意味でも今の社会は崩壊するような気がします。
    例えば肉食。善ではない気がする。
    では善の方へ進もうと皆が思ったとき、畜産業に携わっていた人が失業する。
    私個人が肉を意図して食べないことは出来ても、この世の全員が失業してでもそれが出来るとは思わない。

    うーむ。

    例えば殺虫剤。善ではない気がする。
    しかしゴキブリが出てきたら驚いて悲鳴をあげてしまう私がいる。


    うーむ。

    例えばアダルトビデオなど性を売り物にすること。
    善ではない気がする。
    私は女性なので興味がないが、そういうものがないと男性は癒しがないのだろうか?という疑問もある。


    うーむ。
    一体どうすりゃいいんでしょうか。


    個人的に感じる善の方を選びとることは出来ても、地球の全員の善悪の感覚が揃うことって難しい気がします。
    もちろん殺人などに関しては一致していると思いますが。
    細かいところではズレてしまうのかなと。

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