私たちは何度も生まれ変わり転生を繰り返しています
今世では「なぜ自分がそのような目にあるのだろう」と悩んでいる事も、過去世からの原因があっての事だったりします
私たちが今世で初めてであったと思っていた人も、実は遠い過去から舞台役者のように、役割を変えながら、互いに人生劇場を演じている仲間であったりします
何度も生まれ変わりの中で、時には互いに傷つけあい、愛し合っていた間柄であったり、様々な関係の中で魂の学びをしていきます
たとえば、今世でリストラにあわれた方がいました
40代頃の方で、長年会社に勤めておりましたが、配置換えがあり、新規の飛び込み営業部隊に移動させられました
これは配置換えという名目ですが、会社側としては辞めさせたい人物を入れるリストラ部署のようなものでした
彼は「自分は今までずっと会社に貢献してきた」という自負もあったため、なかなか受け入れられるものではありませんでした
リストラにあわれるのも様々な原因があると思いますが、その方を拝見していてかなり印象的な前世の縁だなと思いました
もともと正義感の強い方だったのですが、前世では町奉行をされているようでした
時代劇の「大岡越前」や「遠山の金さん」のような仕事です
いろんな訴状が届いて、それを裁かなくてはなりません
その中の一つの案件に、商人が訴えられる事件がありました
何か不正をしたのか、誤魔化すような事をして騙し取るような商売をしたとのことです
商人はお金持ちで、訴えているのは貧しい町人でしたから、その時の正義感から、商人が悪いと一方的に決めつけて、厳しい裁きをしているようです
実はその時の商人というのが、今世でリストラを行った会社の上司たちだったようです
今世ではリストラされる側とする側の関係ですが、前世では入れ替わっていて、裁く側と裁かれる側に回っていたようです
おそらくはリストラされた方は、前世での厳しい裁きをしたという罪の意識があって、それを解消するため今世では逆の立場を経験することを決めてきたのでしょう
今世の本人にすると不条理な出来事だと思うかも知れませんが、そうした繋がりで経験することもあります
互いに様々な経験を積むことで、魂も学びあい、向上を目指しているのです
3 件のコメント:
因果応報。
起きる出来事が自分に何を訴えかけているのか、何を与えてくれているのか。
謙虚に受け止めようと思いました。
ありがとうございました。
輪廻転生、因果応報を固く信じる者にとって、正義の裁き、正義の戦いには臆病になるばかりです。
悪かろう商人を裁いたのに、今世では裁かれるようにリストラさせてしまう。
したことが自分に帰ってくるなら、悪かろう人も裁くことができなくなります。
歴史でもそれはあるはずです。
三國志の中に赤壁の戦いがありました。
柳眉玄徳は三顧の礼をつくして、諸葛孔明に軍師になってもらいます。
敵の船団が、密集しているときに、火を放ち、船団が燃え盛るように諸葛孔明は通力で風向きを変え、船団は延焼をかさねて、敵人は大河に飛び込んで溺れていく。
柳眉玄徳と諸葛孔明の軍が負けていたら、かの大陸の歴史は残忍な圧政のタイムラインが待っていたと考えられるほど、柳眉玄徳は民衆にしたわれていた。
戦うことによって勝ち取ったものがあるのです。
しかし因果はめぐりめぐりて、諸葛孔明は高倉天皇として生まれかわったことがあるのではないでしょうか。
柳眉玄徳は平清盛として生まれかわってはいないでしょうか。
高倉天皇は若くして死にました。
しかし、まるで赤壁の戦いの仇討ちを受けるように、平家一族は壇之浦で入水していきましたね。
善人の上にも悪人の上にも、同じ太陽が上り、同じ雨が降るのでしょうか。
しかし、平家を滅ぼした源頼朝は晩年、発狂し、馬上で刀を振り回し、落馬して、その後の存在確認はされておられないようですね。
戦えば、カルマになることはわかりますが、良きタイムラインを得るために、戦わねばならないことが、たくさんあるのではないでしょうか。
いわゆる戦いというよりは、将棋の駒をさすように何手も先を読んで、賢く悪に働きかけていく必要があるのではないでしょうか。向こうは相当賢く、悪知恵が働きますよ。でも、もう光は勝利しています。後は、日本がどれだけアースチェンジの波を賢く、被害を最小限にして立ち回っていけるか・・これにかかっているのでは。
市井の私達は、自分の闇と向き合いつつも、いつも光を信じていつも光を見つめること。自分自身の清算をまずはきっちりとすることが先決かと。それが一番の地球の光への貢献です。