劣等感に悩まされている人というのは多いものです
周囲の人からすると「どうして?」と思うような事で劣等感を持って悩んでいる人が多くいます
今日はそうした劣等感の克服について述べてみます
まず劣等感とはどのようなものかを考えてみましょう
簡単に言えば、「自分は人よりも劣っている」と感じる事です
たとえば以下のような思いにとらわれる事を言います
・私は才能が無い、能力に乏しい、容姿が悪い、醜い、人に嫌われている
・私には価値が無い、必要のない存在だ
・私は周りから称賛されたり、愛される資格がない、幸せを手に入れる価値が無い
このように自己評価を低くして、否定的な価値観を持っている状態です
このような劣等感を持つことで、あなたが生きていくうえで、いたずらに間違った選択を繰り返したり、自分で不幸になる道を選んでしまいます
表面意識では幸せになりたいと願ていても、不幸になる方向へと選択をしていくのです
もちろん、劣等感がすべて悪いのではなく、これをバネにして成功される人もまたいます
事業で成功した人の中には、学歴で劣等感を持っていたり、あるいは田舎出の劣等感だったり、貧しい家庭であったことの劣等感などを持っている人もいます
そうした人は、劣等感をバネにして、それを克服する事で成功を収めているわけです
そのように劣等感は、マイナスだけではなくて、うまく動かすことによって、自分を発奮させる要素ともなっていきます
では、人はどのような時に劣等感を持つのか考えてみましょう
まず他人との比較によって生まれる事が多いでしょう
他人が普通にできる事が自分には出来ない時、人よりも劣っていると感じた時に劣等感は強く出てきます
たとえば体育の時間で運動している時に、他の人は簡単に鉄棒で逆上がり出来るのに、自分は何度やっても出来ないという事があります
そうした運動神経に関する劣等感はよくあります
運動が苦手で劣等感を持ち続けている人も多いでしょう
あるいは、音楽でも、歌を歌うとどうしても音程が狂ってしまい、変な歌声になる人もいます
そうした人も音楽の授業が億劫で、嫌になると言う場合もあるでしょう
他には、身体的な特徴で他人と比べて劣等感を受ける事が多くあります
周囲と比べて身長が低かったり、あるいは逆に高いことで劣等感を持つことがあります
低くても高くても、周りと違う事で劣等感を持ってしまいます
他にも、自分は人より鼻が低いだとか、目が細いだとか、口が大きい、あごが長いなど、他人より違った部分に劣等感を持つことが多いでしょう
このように身体的な比較で劣等感を持つことが多くあります
次に、何か目標をもって進んでいて、同じ目標を持つ相手に対して劣等感を持つことがあります
たとえばよくあるのは、学校の勉強などで、同じ志望校を受けようとしている人が、自分より勉強が良く出来て、追いつけないように感じる時に、劣等感を持つことがあるでしょう
他には、アイドルになりたいと考える女性が、一緒に面接を受けた女性が、自分よりかわいかった時などにも劣等感を持つことがあるでしょう
あるいは、スポーツで活躍したいと思ている人が、自分よりも優れた才能を持っている人に劣等感を持つことがあります
このように競争相手に対して、劣等感を強く感じる事があります
また、劣等感を植え付けられてしまう場合があり、それは他人からの言葉や態度から受けてしまう事があります
友人の何気ない一言で、「ちょっと太っているね」と言われたり、「背が低いね」と言われた言葉が深く刺さって、ずっと抜けなくなってしまう事があります
周囲の人から否定的な言葉をよく投げかけられたり、あるいは親から否定的な価値観を押し付けられたりしたときに、強い劣等感が植え付けられたりします
そのように様々な状況で、人は劣等感を持ち、心に植え付けてしまいます
テレビで活躍されている綺麗な女性タレントさんでも、顔にコンプレックスを持ち、劣等感が強い人もいます
周りの人からすると羨ましいようなスタイルと顔を持っているのですが、本人はどうしても劣等感を抱いてしまうのです
有名な方で言えば、女優のオードリーヘップバーンなどもご自身の容姿に強い劣等感を持っていたことで有名です
オードリーヘップバーンと言えば映画『ローマの休日』や『ティファニーで朝食を』、『マイ・フェア・レディ』などで有名な、みなさんが美人と思う女優さんです
彼女は幼いころからバレエをやっていて、将来の夢はプリマドンナになる事でした
しかしオードリーは身長が高すぎたために、プリマドンナ役には適さなかったのです
そしてご自身の容姿を「背が高すぎて痩せいていてみっともない」と思い込んでしまします
当時の映画界ではグラマラスでないと成功しないと言われていたこともあり、痩せて華奢な自分はダメだと劣等感を持っていたのです
しかし映画デビューすると、ご存知のように大成功するのです
劣等感を持っていても、それは実は、客観的なものでは無くて、その当時の価値観であったり、周囲のモノの見方によって大きく左右されるものなのです
たとえば日本や西洋では太っているとブサイクのように思われますが、インドや中東、アフリカなどでは、日本人から見れば太っているように見える人が、グラマラスで魅力的として人気があったりします
日本でもかつてはふくよかな女性の方が美人とされていたようです
昔の美人画などでは、しもぶくれと言いますか、あごが丸くなって脂肪がよくついている女性が美人とされていたようです
日本でも時代によって価値観が変わるわけです
そのように価値観と言うのもはそれぞれであって、別な国や別な人から見れば、また違った視点がある事を知らなくてはならないでしょう
他にも勉強で劣等感を抱く人もいます
その中には平均から見れば優れた人が実は、劣等感で苦しんでいる事も多いのです
地方の学校で一番の成績を取り、優秀だと思って都会の進学校に入ってくると、そこでは成績が下から数えた方が早くなってしまったという事もあります
地元の学校では自分が一番で凄く優秀だと思っていたのに、都会の進学校に出てきたら、成績は平均以下だったという厳しい現実があったりします
そうした時に、普通の人が悪い成績を取ってしまうよりも、ずっと劣等感を持ってしまう事があります
そしてなかには成績を受け取った日に自殺してしまう人も出てくるのです
このようにあるところでは優秀であっても、別なところでは普通になってしまったり、落ちこぼれになる事も多いのです
学校を卒業してからでも、優秀な成績で大学を卒業したと思っても、社会に出ると何も分からずに一年生としてまた一からやり直さないといけなくなります
そして優秀なはずが、仕事が出来ずに、落ちこぼれてしまう事もあるのです
そのように置かれた環境によって、本人自身は変らないのに、劣等感に苛まれたり、逆に優越感を持ったりします
これらはすべて相対的なものであり、他との比較において出てくるものだと自覚しなくてはなりません
人間はどうしても自分のいる立ち位置からしか物事を見て捉える事が出来ません
客観的に自分がどの位置にいるかが分からなくなり、身近にいる隣の人と見比べて優劣を感じるのです
お金持ちの多く住んでいるような地域に住んでいると、普通の一戸建てに暮らしているだけでは劣等感を感じるかも知れません
一方で、あまりお金持ちの住んでいない地域では、団地に住んでいる人同士などでは、一戸建てに移り住むだけで羨ましく思われるでしょう
そのように客観的な事実が同じであっても、周囲の違いによって、見方が変わっていくものなのです
もっと自我の目線を離れて、他人の目線で考えたり、他の国の人として自分を見直したりするといいでしょう
よその国にの人から見れば、だいぶ違った自分に映るはずです
スピリチュアルな人であれば、自分の守護霊の目線で考えてみる事です
自分が今どのような立ち位置にいるのか、これからどこへ向かわなければならないのかを、守護霊の立場から見つめなおしてみましょう
今まで抱いていた劣等感が、正当なものではなく、囚われ過ぎていたことにきっと気づくでしょ
みんなちがって、みんないい。
返信削除by金子みすゞ
命に関わること以外はどうでも良いことばかりじゃねえか!
返信削除という考え方で生きていければ楽ですよね。
「自分の守護霊の目線」とは、目から鱗です!
返信削除ありがとうございます☆
大好きなオードリーヘップバーンがそんな劣等感を持っていたとは知りませんでした。本当にお綺麗ですよね。
返信削除劣等感は誰にも持っていると思いますので、そこに囚われず生きていきたいと思います。
劣等感って心に刺さるナイフの様ですね……🤔
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