アセンション(霊性向上)への道
私たちは、自らの内に、誰もが宝を秘めています
コツコツと、倦まず弛まず、自らの心を掘り起こしている人は、宝を見出すでしょう
それは、神性とも仏性とも呼ばれ、私たちが単なる肉の塊ではなく、偉大なる存在の一部であることを思い起こします
旅人が、長い宝探しの旅に出かけ、世界中を旅して、遂には自宅の庭に目当ての宝物を発見するように、よき修行者は、自らの内に、最高のものを見出します
そして真実の愛は、相手の中に神性・仏性を見出していきます
自らの内に神性を見出していく道が悟りならば、真実の愛とは、他人の中に、神性を見出していく道といえます
人生のなかで出会う人々に、神性を見出してこそ、愛の光が輝きます
わたしたちは、自分によくしてくれる人には、その良さを見出すことは簡単ですが、敵対する者の内に、神性・仏性を見出していくことは難しいでしょう
すべての人が、根源なる存在より分かれ出でた真実を思えば、人々の内に神性を見出していこうとする思いが、真実の道でしょう
自らの内に神性を見出し、相手の中にも神性を見出していく道こそ、アセンション(霊性向上)の道です
地球がアセンションするために必要な思想
私たちの地球がアセンション・霊性向上をしていくために必要な思想があります
人から奪うのではなく、与える側に立とうとする者が増えることで、地球は愛の星と変わっていきます
現在の地球はまだ、戦乱や独裁体制による抑圧、凶悪な事件や悲劇的事故が多く、光と影の両面が濃い星です
他の星々には、もっと調和された星があり、愛にあふれた宇宙の兄弟たちの住む星があります
この地球も今より優れた星となるように、陰ながら支援する宇宙の仲間たちの活躍が存在しています
そうした者たちの期待にも応えて、地球がよりよい星となるために必要なのが、奪う思いから、与える思いに転換する人々が増えることです
奪うとは経済的にもそうですが、精神的にも人から与えられることのみを考える事を言います
たとえば、自分はなるべく働かずに、親の保護を受けようとしたり、本当は働けるのに騙して生活保護などの国の世話になるのは経済的な奪う思いと言えます
会社に勤めていても、人の見ていないところではサボろうとしたり、その反動で周りの人に負荷を強いたりするのも、奪う思いであるでしょう
精神的な奪う思いとは、人から称賛を求めたり、愛を求める思いの強いものをいいます
人から褒められたり、愛されるのはうれしいことでしょう
ですが、人から奪ってばかりで、自らが与えていなければ、いつしかそれらは世の中から減っていってしまいます
経済的に奪うものが増えると、世の中から豊かさも減っていきます
精神的に奪うものが増えると、世の中から幸福感も減っていきます
奪う思いの者が増えていくと、世の中は暗く、貧しい世界に落ちていくのです
人から奪う事ばかり考えている者が減り、逆に人へ与えようとする者が増えていくことで、世の中は豊かで満ち足りた世界に近づいていきます
人からしてもらうことはなるべく少なくし、人にしてあげることを増やしていこうとする者が増えていくならば、地球は豊かで幸福に満ちた星となっていきます
今の地球には「他人が得たものが多いと、自分の取り分が少なくなる。だからなるべく人から奪うことで、自分の取り分が増えるのだ」という自我の囁きに従うものが多いといえます
本当は「与えることで与えられ、許すことで許され、己を投げ出すことで自らを得られる」のです
豊かさも幸福も、奪うものが増えると減っていき、与えるものが増えるとますます増えていきます
共産主義なども、一部の資本家が富を独占しているから、世の中には貧困が多いのだと考え、豊かな者から奪うことを元にしているため、全体が貧しい国へと陥ってしまいます
人にしてあげることを喜びとするものが増えたなら、地球は愛の溢れる星へとアセンションします
理解されない悲しみ ユートピアへとアセンションするために
人は人に自分のことを理解して欲しいと願います
理解されることが喜びであり、生きがいともなっています
仕事場であっても、もし上司や同僚などから誤解されたり、理解されずにいたのなら、やる気は沸かなくなってしまうでしょう
あるいは友達であると思っている人に理解されないと苦しく感じ、心を閉ざしたり、疎遠となるでしょう
真に深く親しく感じられる者たちというのは、もっとも相手の事を理解し合え、分かり合える人間同士ではないでしょうか
分かってもらえる人がいることで人は安心し喜びを感じます
ですがなかなか真に分かり合える人間に出会えることも難しいものです
この世ではお互いに理解し合い、分かり合えることがとても困難なのです
なぜならこの世では人は肉体と言う物質に宿って生まれ、魂の目が閉ざされているため、お互いの心を言葉によってしか伝えられないからです
霊的世界においては、お互いの気持ちや思っていることは想念として相手に伝わってまいります
ですのであの世においては嘘がつけず、お互いがガラス張りの心で生活しています
この世において人は、言葉というとても曖昧な道具でしか思いを伝えられません
もちろんそれ以外に表情やしぐさで伝える手段もありますが、複雑な内容は言葉にのせて相手へと届けます
言葉で人は嘘をつけますし、思いとは裏腹な表現をすることもあります
うまく言葉に出来ず表現できないために誤解され、批判されることもあります
特に地球へと近年において生まれてきた宇宙の魂たちの中には、周りの人と価値観や考え方が違っているために誤解され、理解されない苦しみと、孤独の仲にいることが多いでしょう
私たちがあえてこのように不自由なこの世に生まれ変わってくる理由は、相手を理解することの大切さを学び、多様なる価値観を認める学習のためではないでしょうか
相手の気持ちを、その思いを深く理解しようとする努力がこの世では必要であり、それが愛の心の端緒となっていきます
ですから私たちは相手を批判する前に、忍耐強く相手の思いを考え、どうしてそのように考えるに至ったかに思いをめぐらすべきではないでしょうか
この世において愛の不足が指摘されておりますが、それもひとえに他人への理解不足であり、ひとの思いを推し量る努力のたりなさにあると思います
この世が愛で満ち、ユートピアへと変わっていくためには、どうしても相手の思いを理解すること、共感力の向上が求められます
すべての人が理解し合い、共感しあえる世界となるならば、この世はユートピアへとアセンションするのです
地球のアセンションを阻むもの
この地球が、より優れた魂の修行場となり、他の宇宙の人々から模範となるような星となることを、私は地球のアセンションと呼びたいと思います
地球がアセンションしていくために、どうしても超えなくてはならない課題が、人類にはあります
ひとつは、先日も述べましたように、人が他人の不幸を見て喜ぶ心です
他人が別居したり、離婚したりだとか、借金を抱えて苦しんでいるとか、出世が遅れたり、左遷される様子を見てよろこんでしまう気持ちを持っている人もいるでしょう
人の不幸を喜ぶのには、自分自身が苦しみの中にいて、他人も下がっていくことに留飲を下げるという思いもあるでしょうし、嫌いな人が悪い事が起こって嬉しいと感じる場合もあるでしょう
このように、人の不幸せを願うような心的態度を持っていると、他人にも不幸が起こりやすくなりますし、そう思っている本人にも、不幸な現実が起こってくるようになります
そうして社会全体に、不幸のエネルギーが満ちてきて、反アセンションのもととなります
たとえば女性であれば、他人がステキな人と結婚したとして「どうせすぐに分かれるわ」と毒づいてしまわないようにし、「おもでとう。末永くお幸せに」と心から祝福できるかどうかです
男性であれば、同期が先に出世する場合に「どうせ上司にゴマをすってたんだろ」等と陰口を叩いてしまっていないか「優秀な同期がいてうれしい、自分も頑張らねば」と考えられるかです
このように、人の不幸を願ったり、喜ぶような心情は、アセンションの足を引っ張り、地球に影を落としていくこととなります
そしてもう一つ、アセンションを阻むものとしてあげられるのは、自分が得する事ばかり考える欲心です
商売などでは、もちろん利益をえるわけで、無料で商品を配っていたら成り立たないのは当然ですが、自分の欲ばかり先行していては、アセンションを阻むものとなります
たとえば以前に、商品の偽装問題が世間をにぎわせました
ほんとうは外国産なのに、国産と偽って商品を出荷したり、食材を入れていない偽装や、賞味期限の偽装など、いろいろあるでしょう
実際には知られていないだけで、いまでも消費者をダマすとまでは行かないにせよ、錯覚させて売り上げを伸ばすことはしているでしょう
そのように、あまり自分の欲心が強すぎて、人をダマして出も設けたいという思いが出てくると、アセンションの足を引っ張るようになっていきます
多くの人や企業が、もっと世の中のためを考えて行動するならば、アセンションは加速していくでしょう
このように、大きく分けて二つのアセンションを阻むものがあることを、知っておくことが重要だと思います
6 件のコメント:
倦まず弛まず、自らの心を掘り起こす!
今年の指針にします!
ありがとうございます^^
いつも有難うございます。
自らの内に神性を見出し、相手の中にも神性を見出すのは、私にとって、人生の最大の目標です。
その為に生まれてきたのだと思います。
道の途中で、困難と思えることが、まだまだあると思いますが、諦めない強い心を持ちたいです。
自分と逆のタイプの人から価値観を学ぶと、影に光があたるように、見えないものが見えるようになると思います。逆に、自分の中の嫌な所に光を当てて良く見えるようになると、苦手な人の良さが分かったりすると思います。このようにして魂を変革していくことが、生まれて来る主な目的ではないかと思います。
最近「この人無理」っていう人も実は自分なのではと考えたりします。
無限の輪廻の先に時を超えて他人と思っていた魂経験が始まってやがて懐かしい自分(他者)と再開する。そう考え始めると許せるし裁いていた自分に気付かされます。私たちはすべての人生経験を循環しているエネルギーなのではないか。そんなふうに考えたりします。
アセンションを阻んでいる「欲」は、肉体を持っているから生じるものですね。
それ自体に良い悪いはなくても、目に見えるものだけを見ていると、椅子取りゲームのように奪い合う必要があるのだと勘違いしてしまいますね。
ですが、奪い合うのではなく与え合うことでエネルギーが増えていき、その結果として豊かになる、というのが真理です。
真理に触れて、それに則って自ら行動することで、「肉体を持ってアセンション」することができるのですね。
このような難儀なことに挑戦する全ての魂に、敬意を表します。
中国が7月に反日核攻撃の動画を上げて(その後削除)
「非核国に核先制攻撃しません」と宣言していた意図が嘘だ という話になってるらしい